伝兵衛の夕方のお散歩。賀茂川沿いをてくてく歩くのが、いつものコースである。そして決まったいつものベンチに並んで座り、ひとやすみするのが日課であった。
4月に入ると川沿いの桜も満開で、どこからともなく人々が集いにやって来る。いつものベンチはすでに学生さん達に占領されて、もはや伝兵衛の入る空きもない。
それでも伝兵衛はいつものベンチの前で座り込み、私に目で訴える。「今日は先客がいっぱいで伝兵衛の座るところはないから、諦めて帰ろう」そうなだめてみても、しゃがみ込みあげくには寝転がって抵抗する。
私ははっと気が付いた。伝兵衛の目的はベンチではなく、花見客のビールだったのだ。伝兵衛の視線は缶ビールに釘付けであった。
それに気づいたビールの持ち主は「ビールが欲しいのか?飲むか?」と、余計なことを申し出てきた。
「あ、いえ、どうぞお構いなく」と私の言葉を無視して伝兵衛にビールをごちそうしてくれた。
飲むは飲むは、美味しそうにがぶがぶ飲む伝兵衛の豪快な飲みっぷりが人々にウケ、伝兵衛はグループに暖かく迎え入れて貰い、気づいたらいつの間にか、座の真ん中でごちそうになっていた。いい気なものである。
そしてさらに「あ、ビールもうなくなった。おしまいや」その言葉を聞いた伝兵衛は、今までだらけていたのにすっくと立ち上がり、すたすたと帰りかけた。ゲンキンなものである。
「ビールの切れ目が縁の切れ目か〜、冷たいやっちゃな〜」酔っぱらい達はご陽気に見送ってくれた。
たくさんビールをごちそうになったバカ犬は、事務所に戻って階段を踏み外していた。