ある日のことだった。事務所の窓からのんきに外を見ていたら、お向かいの駐車場でゴールデンがうろうろしていた。飼い主の姿が見あたらず、通りすがりの人や駐車場のおじさんにへばりついて撫でてもらっていた。
おじさんも困った様子だが、犬はもっと困った様子だった。
「へえ、野良ゴールデン?迷子かぁ?」
しかしさっきから伝兵衛の姿が見あたらない。
「えっ?もしや?!」
悪い勘はよく当たる。お向かいで困っていたゴールデンは間違いなく伝兵衛だったのである。見ると階段に立ててあった柵が外されていたのである。
あわてて階段を駆け下り迎えにいったところ、知った顔を見つけた伝兵衛は尻尾をぶんぶん振り、信号を無視して車が行き交う中飛び出してきたのである。「これが伝兵衛を見た最後の姿か」窓から見ていたスタッフ全員がそう思ったが、奇跡的にも無傷で戻って来た。
その時、自動車の方々に大変なご迷惑をお掛けしたことは言うまでもない。深く反省している。
外に出たものの、たった50メートル離れた場所からでさえ、一人で戻って来られなかったバカは、以来迷子札を付けることになった。ところがしょっちゅう紐が切れてしまい、3年ほどしてとうとう迷子札を紛失してしまった。
仕方がないのでひなたは、バンダナの裏に名前と電話番号を刺繍したのである。
「なんて手の掛かる犬なんだおまえは」肩に湿布薬を貼りながらぼやく私の隣で、伝兵衛はへそ天で足を広げて寝ていた。