名字2

ある朝、花壇に水をやっていたら、見ず知らずのおばさんが自転車でやってきた。
「あのお、ここは伝兵衛ちゃんのお宅ですか?」

伝兵衛ちゃんのお宅と言われて、何となく違和感を感じながらも、間違いではないので「はあ、そうですけど?」と戸惑いながら返事をした。すると「清水ですけど」と名乗られた。
はて?清水と言われても、私には全く見覚えのない方である。「これ、伝兵衛ちゃんに食べてもらって下さい」差し出されたパンは、いつもシーズーのプリンちゃんのお母さんが、伝兵衛にと下さっているあの美味しいパンであった。
そういえばプリンちゃんちは「清水さん」だったような記憶が甦った。

「最近娘がパート(パン屋さんにお勤め)から帰る時にお伺いしても、いつもお留守のようで・・・」
そう。確かに最近ずっと私も伝兵衛も事務所通いで、帰りはいつも午前様である。
「あさ9時くらいまでならいらっしゃるって、お隣の方に聞いたもので、変わりに持って行くように娘に言われてきたんです」

そんなにまでして、伝兵衛にパンを持ってきて下さるとは・・・。有り難いことである。私は深々とお辞儀をして、丁寧にお礼を申し上げた。なのに伝兵衛は、わざわざ持ってきていただいたパン一斤を、1分かからずに食べきってしまった。

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