バカ犬

9月に入り少し涼しくなったので、毎週行っていた川へも行かなくなり、ビニールプールもとっとと片づけてしまい、シャンプーの回数もぐっと減った。

そんなある日ふと気が付くと伝兵衛が居なくなった。
見ると玄関のドアが開いていた。大慌てで伝兵衛を捜しに出ようと思っていたら「うわー、犬が溝にはまってるー」と女の子の叫ぶ声が聞こえてきた。嫌な予感がしながらも、その叫び声の方へ行ってみるとやっぱり奴だった。

たんぼの脇の20センチくらいの幅の溝にすっぽりとおさまり、水の流れをせき止めていた。
「伝兵衛」呆れて声をかけると私の顔をじっと見るだけで動こうとしない。いや、奴は動けなかったのだ。細い溝に無理に体を浸けたので、抜けなかったらしい。
くすくす笑いながら人々が通り過ぎて行く中、私は体重35キロの奴を引き上げようとしたが、びくともしなかった。

奴はくんくんと情けない声で鳴き出した。
今度は前足の付け根のところをぐっと持ち上げ、力の限りに引っ張った。「きゃうん」奴の悲鳴がたんぼに響きわった。そして奴は無事溝から脱出することが出来たのだった。
泥水を頭からかぶった私と奴は、とぼとぼと家に帰り体を洗ったが、暫く匂いがとれなかった。

懲りない奴はその後も、散歩の途中で見かけるどぶ川やたんぼの溝を名残惜しそうに見ている。

バカ犬